日本の大学におけるプラネタリーヘルスへの取組み
プラネタリーヘルスについて、日本国内でも様々な動向が見られますが、その中心となっているのがアカデミアであり、中でもいくつかの大学ではプラネタリーヘルスに対する意欲的な試みが見られます。本記事では、その代表的なものを取り上げてご紹介します。なお、日本国政府がプラネタリーヘルスに関してどのような取組みを実施しているのかについては、別記事にてご紹介しています。
長崎大学:学部横断的な組織「プラネタリーヘルス学環」を設置
日本国内でプラネタリーヘルスへの反応が特に早かったのが長崎大学です。同大学は、もともとグローバルヘルス(国際保健)領域の研究に力を入れており、関連するプラネタリーヘルスにも早期から注目していたと思われます。
同大学の特徴的な取組みとして、2022年に設置された全学横断型の「プラネタリーヘルス学環」を設置したことが挙げられます。同学環は、「この地球規模の課題に社会学、経済学、工学、環境学、医学、データサイエンスなどのそれぞれの専門家が学問領域を超えて取り組み、俯瞰力と実行力を備えた実務家リーダーを養成する全学的組織」であると説明されています。
同大学の公表資料からは、総長自らがプラネタリーヘルスのコンセプトを重要視し、全学的なスローガンとして用いている様子がうかがえます。また、新入生向けの必修科目として「プラネタリーヘルス入門」を設けるなど、学生が早い段階からこの分野の重要性を認識できるシステムも構築しているようです。
直近では、大学の枠を超えた連携にも力を入れている様子がうかがえます。同じくプラネタリーヘルスの研究センターや修士号などを設けているロンドン大学衛生熱帯医学大学院との交流事業のほか、プラネタリーヘルスをコンセプトに掲げ、宮崎大学、鹿児島大学と連携し、超領域型融合研究の推進を公表しており、後者は文部科学省による「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKs)」に採択されました。プラネタリーヘルスの普及啓発・推進を目指す国際団体であるプラネタリーヘルス・アライアンスの日本ハブの事務局も置かれています。
東京大学:産学連携・研究機構設立など多彩な取組み
東京大学も、プラネタリーヘルスに関する様々な取り組みを打ち出しています。2023年には、JR東日本株式会社・マルハニチロ株式会社との間で産学連携協定を締結し、2025年秋開業の高輪ゲートウェイシティを拠点に、未来の都市生活におけるプラネタリーヘルスをテーマにした実験や先端研究を進めています。
また、感染症研究等で著名なフランスのパスツール研究所との間でも連携協定を締結し、日本パスツール研究所が設立されています。プラネタリーヘルス研究や産業振興はその中心的なプロジェクトであり、日本パスツール研究所と東京大学、経済団体連合会(経団連)とが連携してPlanetary Health Innovation Center(PHIC)を設立しています。加えて、経団連とPHICとの間では、プラネタリーヘルス産学連携イニシアティブが発足しています。
こうした諸活動の中核拠点として、2025年1月1日付で東京大学プラネタリーヘルス研究推進機構が設立されています。HPによれば、「東京大学の有する多様な学問分野を横断的に結びつけることで、『人・街・地球』のすべてがバランスよく良好に保たれるプラネタリーヘルスを目指」すとされており、長崎大学のプラネタリーヘルス学環と同様、全学的な組織として設置されたようです。
その他の注目される動き:リサーチセンターや研究コア、研究プロジェクトなど
広島大学は、プラネタリーヘルス研究を推進する研究センターとしてプラネタリーヘルス・イノベーション科学センター(PHIS)を設置しています。上で述べたプラネタリーヘルスアライアンスにも加盟しており、公衆衛生学や農学、工学などの分野が連携した領域横断的な研究センターとして機能しているようです。また、一般向けの発信等も精力的に行っており、2022年より毎年「広島大学プラネタリーヘルスシンポジウム」を開催しています
東京薬科大学は、2024年秋に、新たに設置する3つの研究推進機構の1つとして、環境・食・エネルギーを対象として生命科学・薬学研究を推し進めるプラネタリーヘルス研究コアを立ち上げました。また、淑徳中学高等学校などとの高大連携協定では、医療、創薬、そしてプラネタリーヘルスを主要な教育テーマとして掲げており、早い段階から高校生がこの分野に触れる機会を提供しています。
上記以外にも、大阪大学では地域に根ざした食の探求を通じて地球環境と人の健康との関連性を研究する「地域の食とプラネタリーヘルス」プロジェクトが進められているほか、東京科学大や北海道大学ではプラネタリーヘルスに関する講義が開講されるなど、様々な動きが見られます。
おわりに
このように、日本国内では各大学がプラネタリーヘルスに関する様々な取組みを進めています。プラネタリーヘルスは、サステナビリティとウェルビーイングという2つの大きなテーマを関連させる概念であることから、関心を持つ研究者が増えていると思われます。特に一部の大学ではプラネタリーヘルスを全学的・学部横断的に推し進めていくことを目的とした組織が設置されていることも興味深いです。
大学でのプラネタリーヘルスを巡る動きは、そこで学んだ研究者や学生、産学連携などを通じて外部にも波及していく可能性が高いことから、今後の新たな取組みの動向にも要注目です。