プラネタリーヘルスとは何か?~背景・概念・重要~
近年、地球環境の危機的状況が叫ばれるなか、「プラネタリーヘルス(Planetary Health)」という新しい概念が注目を集めています。プラネタリーヘルスとは、人間の健康と地球の健康が密接に関連していると捉え、両者を一体的に扱うアプローチのことを指します。
1.プラネタリーヘルスが登場した背景
私たちは現在、「人新世(Anthropocene)」と呼ばれる地質年代に生きています。人新世とは、人間活動が地球環境に大きな影響を与えるようになった時代区分のことで、その始まりは産業革命以降とされています。人間活動の拡大により、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量が急増し、地球温暖化が加速しています。また、森林伐採や土地利用の変化、海洋汚染など、人間が引き起こす環境破壊が地球規模で進行しています。
こうした人間活動の急激な拡大は、「大加速(Great Acceleration)」と表現されます。大加速は、1950年代以降に顕著になった社会経済活動の指数関数的な増加を指し、エネルギー消費量や GDP、都市化率、運輸網の拡大など、様々な指標で確認されています。大加速により、地球システムは安定性を失いつつあり、私たちの生存基盤である環境が脅かされています。
地球の限界点を表す概念として、「プラネタリー・バウンダリーズ(Planetary Boundaries)」があります。プラネタリー・バウンダリーズとは、人間が安全に活動できる地球の限界を定量的に示したものです。具体的には、気候変動、生物多様性の損失、窒素・リンの循環、海洋酸性化など9つの指標が設定されており、それぞれについて閾値が定められています。現在、いくつかの指標についてはすでに閾値を超えており、地球システムの安定性が損なわれつつあります。
2.プラネタリーヘルスの提唱とその特徴
こうした地球環境の危機的状況を踏まえ、2015年に医学雑誌「LANCET」において「プラネタリーヘルス」という概念が提唱されました。
プラネタリーヘルスは、従来のパブリックヘルス(公衆衛生)やグローバルヘルス(国際保健)、ワンヘルスといった概念とは似ているようで異なります。パブリックヘルスが国家・コミュニティ・人種など特定の集団の健康に焦点を当て、グローバルヘルスが国境を越えた健康問題に取り組むのに対し、プラネタリーヘルスは人間と地球の相互作用に着目します。また、ワンヘルスが人間だけではなく動物の健康の相互関連性(代表例として、人獣共通感染症など)を重視するのに対し、プラネタリーヘルスはより広範な地球システムと人間の健康の関わりを扱います。もちろん、それぞれで重なり合う部分があるため、プラネタリーヘルスを理解するためには、パブリックヘルス、グローバルヘルス、ワンヘルスへの理解も重要になります。
プラネタリーヘルスの特徴は、以下の3点にまとめられます。
①地球システムの変化が人間の健康に与える影響を包括的に捉える
プラネタリーヘルスは、気候変動、生物多様性の損失、土地利用の変化、環境汚染など、地球システムの変化が人間の健康に与える影響を包括的に捉えます。例えば、気候変動による熱波の頻発は熱中症のリスクを高め、大気汚染は呼吸器疾患を引き起こします。また、生物多様性の損失は、感染症のリスクを高めることが知られています。プラネタリーヘルスは、こうした複雑な関連性・因果関係を解明し、対策を講じることを目指します。
②持続可能な社会の実現に向けた学際的なアプローチを取る
プラネタリーヘルスは、持続可能な社会の実現に向けた学際的なアプローチを取ります。地球環境の保全と人間の健康の維持は、医学や公衆衛生学だけでなく、環境科学、経済学、社会学など様々な分野の知見を必要とします。プラネタリーヘルスは、こうした多様な分野の専門家が協力し、統合的な解決策を模索します。
③地域レベルから地球規模まで、多層的な視点を持つ
プラネタリーヘルスは、地域レベルから地球規模まで、多層的な視点を持ちます。地球環境の変化は、地域によって異なる影響を及ぼします。例えば、海面上昇は沿岸部のコミュニティに深刻な被害をもたらす一方、内陸部では干ばつが深刻化するかもしれません。プラネタリーヘルスは、こうした地域性を考慮しつつ、地球規模の課題解決を目指します。
3.プラネタリーヘルスが与えてくれる視点
プラネタリーヘルスが重要視される理由は、地球環境の危機が私たち一人ひとりの健康に直結しているからです。大気汚染や水質汚濁は、呼吸器疾患や下痢症などの健康被害を引き起こします。また、気候変動による異常気象は、熱中症や感染症のリスクを高めます。つまり、環境問題を始めとしたサステナビリティへの取り組みで恩恵を受けるのは、環境活動家やNGO、政府といった一部の人間ではなく、我々一人一人なのです。その意味では、全員が当事者なのです。
プラネタリーヘルスの視点を持つことで、地球環境の保全が自分自身や家族、従業員、地域コミュニティの健康を守ることにつながると認識できます。そうした認識は、一人ひとりのライフスタイルや企業のとしての在り方を変える原動力になるでしょう。例えば、省エネルギーや再生可能エネルギーの利用、食品ロスの削減、環境に配慮した生産・消費行動などは、地球環境の保全に貢献するだけでなく、私たち自身の健康にも寄与します。
また、プラネタリーヘルスは、健康格差を始めとした人権の問題にも光を当てます。環境汚染や気候変動の影響は、社会的に脆弱な立場にある人々により重くのしかかります。例えば、大気汚染の深刻な地域に住む低所得者層は、健康被害を受けるリスクが高くなります。プラネタリーヘルスは、こうした健康格差の問題に取り組み、誰もが健康で安全な生活を送れる社会の実現を目指します。
このように、様々なサステナビリティに関する問題が我々一人一人に影響してくることから、プラネタリーヘルスへの取り組みは、多様なステークホルダーの協力が不可欠です。政府や自治体、企業、市民社会組織、研究機関など、様々なアクターが連携し、統合的なアプローチを取ることが求められます。また、一人ひとりが地球環境の保全と健康の維持に関心を持ち、行動を起こすことが重要です。地球環境の危機を自分事として捉え、一人ひとりが行動を起こすことで、私たちは地球と人類の未来を守ることができるのです。