日本政府におけるプラネタリーヘルスの取入れの動き
他の記事でもお伝えしているとおり、地球規模の環境問題と人類の健康との不可分な関係性を強調する「プラネタリーヘルス」の概念が、国際的にも注目を集めています。
国内でも、直近の政府の公表文書の中にプラネタリーヘルスが盛り込まれるようになってきています。本稿では、日本政府によるプラネタリーヘルスへの関心の有無について、本稿執筆時点で公表されている複数の政策文書を紹介しながら検討します。
生物多様性国家戦略2023-2030(環境省)
2023年3月に環境省が公表した「生物多様性国家戦略2023-2030」は、生物多様性国家戦略は、生物多様性条約第6条及び生物多様性基本法第11条に基づき締約国が策定する国家戦略・基本計画であり、我が国における生物多様性に関する包括的な戦略を記載しています。
本戦略において、プラネタリーヘルスが明記されました。具体的には、新興感染症と生物多様性との関連性に言及する中で、2021年のG7において言及された「ワンヘルス・アプローチ」を紹介するとともに、「地球の健康と人間の健康は一体であり、人間の健康と文明は、豊かな自然のシステムと、その賢く責任ある管理・利用に依存するとするプラネタリー・ヘルスも注目されている」として、プラネタリーヘルスが国際的に注目されている概念であると述べています。
それだけではなく、プラネタリーヘルスダイエットについても、「地球に不可逆的かつ急激な環境変化を与えず、 ヒトの健康に配慮した食事」として紹介しています。
このように、国際条約等を踏まえて策定した国家戦略においてプラネタリーヘルスやプラネタリーヘルスダイエットが明言されたことは、それ自体意義があるとともに、政府(環境省)が一定の関心を持っていることがうかがえます。
持続可能な開発目標(SDGs)実施指針(SDGs推進本部)
首相官邸に設置された政策会議の1つであるSDGs推進本部は、「持続可能な開発目標(SDGs)実施指針」を公表しています。同指針は、国のSDGs推進に当たっての基本的な方針を定め、SDGs施策の中心に位置づけられる政府文書です。同指針が2023年12月に改訂された際、プラネタリーヘルスが明記されました。
具体的には、国際保健分野における取組みについて、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の達成に向けた取り組み強化や、グローバルヘルス・アーキテクチャーの発展・強化への貢献、グローバルヘルスのためのインパクト投資イニシアティブ(トリプルI)の推進といった取組みを実施するにあたり、「プラネタリーヘルスの考え方も踏まえ、個々の地球規模の間の相互連関に十分に留意する」ことが示されています。
国のSDGsに関する基本指針である本指針においてプラネタリーヘルスに言及したことそれ自体大きな意義がありますが、政府が推進するグローバルヘルス戦略推進における重要な考慮要素として位置づけられていることも注目するべき点といえます。
第6次環境基本計画(環境省)
環境省が策定・公表する環境基本計画は、環境基本法に基づき、政府の環境施策の大綱を定めるものです。2024年5月に発表された第6次環境基本計画は、環境保全を通じ、現在・将来の国民一人一人の「ウェルビーイング/高い生活の質」を最上位の目的に掲げています。また、環境収容力を守り環境の質を上げることによって経済社会が成長・発展できる「循環共生型社会」(「環境・生命文明社会」)の構築を目指すとしています。
このように、環境政策においてウェルビーイングを重視する方向性が鮮明に打ち出されたこともあってか、本計画では、これまでとは異なり、プラネタリーヘルスが複数個所(総論および化学物質対策の章において計6か所)で明言されたばかりではなく、概要資料(いわゆる、ポンチ絵)にも盛り込まれました。
例えば、幅広い分野で環境問題が主流化しているとの説明の中で、「地球の健康(地球環境の健全性)と人の健康は一体不可分であるという「プラネタリー・ヘルス」に関する議論が活発化」していると説明されています。また、化学物質管理に関し、汚染、気候変動、生物多様性の損失という3つの危機が相互に密接に関連しており、統合的な方法での対処の必要があることを述べる中でプラネタリーヘルスに触れ、「人の健康は、地球の自然システムと一体的に捉える必要があると指摘されている」と説明されています。
このように、環境政策においてウェルビーイングが重要なポイントとして捉えらえるようになったことは、環境問題の健康への影響を探求するプラネタリーヘルスにとっては非常に重要な意味を持ち、実際に本計画内ではプラネタリーヘルスに多数回言及されていることから、環境政策におけるプラネタリーヘルスの存在感が高まっていることが推察されます。
厚生労働省国際保健ビジョン(厚労省)
2024年8月に厚生労働省から公表された厚生労働省国際保健ビジョンは、2022年に健康・医療戦略推進本部から公表されたグローバルヘルス戦略に則りつつ、政府全体の同戦略の中での厚生労働省の役割を明確化する趣旨で策定されました。
本ビジョンでは、厚生労働省が取り組む国際保健分野の基本方針として、「人間の安全保障、人類と地球の共存(プラネタリーヘルス)を含む、世界での安全、繁栄、価値の確保を念頭に」置くことが明記されました。そのため、上述したSDGs実施指針と同様、グローバルヘルス施策を実施するに当たっての重要な考慮要素としてプラネタリーヘルスを捉えていることがわかります。
おわりに
以上のとおり、日本政府の様々な公表文書において、プラネタリーヘルスについて言及されていることがうかがえます。大きく分類すると、①ウェルビーイングを重視する環境施策、②グローバルヘルス(国際保健)の2点において考慮するべき重要な概念として位置づけられているといえ、①は環境省が、②はSDGs推進本部と厚労省が、それぞれ関心を持っているようです。
そのため、日本政府においても、プラネタリーヘルスに一定の関心を寄せているといえます。また、2023年と2024年の公表文書とを比較すると、環境基本計画において複数回プラネタリーヘルスに言及するなど、その関心も高まっていることが推察されます。
他方で、これらの政策文書は、いずれも基本計画・国家戦略・指針・ビジョンといった抽象的な政策方針を定めたものであり、具体的な政策にプラネタリーヘルスがどのように活用されるかはまだ不透明といえます。また、見方を変えれば、プラネタリーヘルスを意識している官公庁も限定的であるとも評価できます。そのため、今後より多くの官公庁がプラネタリーヘルスに関心を抱いていくのか、そして、政策が具体的な成果として結実していくか否かについてはその動向を注視していく必要がありそうです。