Blog

プラネタリーヘルスの各トピックに関する知見を紹介します

プラネタリーヘルスと公正な移行(Just Transition)

2024.10.08

近年、気候変動や環境破壊が人類の健康と生存に深刻な影響を及ぼしていることが明らかになる中で、公正な移行(Just Transition)という概念が注目を集めています。

この概念は、一見結びつきが薄いように思われるプラネタリーヘルスと人権・人事労務の分野を結び付けるものと捉えることができます。本記事では、プラネタリーヘルスと公正な移行がどのような関連性を持つのかを探ります。

公正な移行(Just Transition)とは何か

公正な移行とは、「環境問題の解決や対策を実施する際に、関係する産業分野に従事する労働者や、その産業が立地する地域が取り残されることなく、公正かつ平等な方法で持続可能な社会へ移行すること」を目指す概念説明されます。これは、化石燃料に依存する産業から再生可能エネルギーや環境に優しい産業への転換が不可欠である一方で、その過程で職を失う労働者や経済的に打撃を受ける地域社会への配慮が必要であるという認識に基づいています。

化石燃料依存から再生可能エネルギーへの移行は、地球規模の環境問題に対処する上で不可欠ですが、この移行は産業構造の大幅な変化を伴い、多くの労働者が職を失ったり、地域経済が打撃を受けたりするリスクを孕んでいます。そのため、公正な移行は、労働者やコミュニティが新しい経済状況に適応できるよう支援し、不平等を最小限に抑えることを目指しています。

公正な移行への注目

公正な移行は様々な国際機関や政府によって取り上げられています。

例えば、国際労働機関(ILO)は、2015年に「すべての人々のための環境的に持続可能な経済と社会への公正な移行のための指針(Guidelines for a Just Transition towards Environmentally Sustainable Economies and Societies for All)」を公表しました。同指針では、政府、労働組合、企業、その他の関係者が持続可能な経済への移行を進める際に考慮すべき要素を示しています。

また、気候変動に関する国際的な枠組みであるパリ協定でも、公正な移行の重要性が強調されています。具体的には、前文において、「労働者の公正な移行と適切で質の高い仕事の創出(a just transition of the workforce and the creation of decent work and quality jobs)」が持続可能な開発に不可欠であると明記されています。

さらに、カナダ政府は2018年に「公正な移行タスクフォース」を設立し、石炭産業の労働者と地域社会への影響を評価するなど、各国政府でも公正な移行の概念の受け入れが進んでいます。

プラネタリーヘルスと公正な移行の接点

プラネタリーヘルスと公正な移行は、いずれも人間の健康と環境問題を密接に結び付けて考える概念です。プラネタリーヘルスは、地球環境の変化が人類の健康に直接・間接的な影響を与えることを強調し、環境保全が公衆衛生の向上につながることを意識しています。これに対し、公正な移行は、環境に優しい経済への転換が労働者やコミュニティの健康と福祉を損なわないようにすることを目的としています。

両者は、環境問題及び関連する対応が人々の健康とウェルビーイングに影響を及ぼすという共通の視点を持っています。例えば、再生可能エネルギーへの移行は大気汚染を減少させ、呼吸器系の疾患を減らす可能性があります。しかし、その過程で労働者が職を失えば、経済的な不安や精神的なストレスが健康に悪影響を及ぼすことになります。

また、労働者以外にも、環境問題への取組みが人間の健康を損なう可能性があります。例えば、風力発電の風車による騒音被害や、鉛を原料の1つとするペロブスカイト太陽光電池の使用による健康リスクなど、再生可能エネルギーの採用が別の健康リスクを生む可能性があります。

このような環境問題への対応が果たして人々の健康やウェルビーイングに悪影響を及ぼしていないか、という視点は、今後の環境政策において重要な視点になるものと思われます。その意味で、環境問題と健康とをリンクさせるプラネタリーヘルスの概念は、やはり重要な概念を提供しているといえます。

おわりに

プラネタリーヘルスと公正な移行は、環境保護と人間の健康を統合的に考える必要性を示しています。持続可能な未来を築くためには、単に温室効果ガス(GHG)排出量の減少といった地球環境に関する指標の改善だけを追求するのではなく、同時に人々の健康と福祉を向上させることが重要であるという視点を提供してくれます。環境保護と公正性を両立させることで、初めて人類にとっても地球にとっても持続可能な未来を築くことが可能となります。