生物多様性と健康とはどのように関連するのか
生物多様性
環境問題と健康に関しては、気候変動に焦点が当たりがちですが、実は生物多様性も人間の健康に大きく関係します。生物多様性は、私たちが生きる地球上の生命の多様性を指し、遺伝子、種、生態系の多様性を含みます。この多様性は、私たちの健康や福祉にとって極めて重要な役割を果たしているのです。最近の研究では、生物多様性の喪失が進むにつれ、私たちの健康にも悪影響が及ぶことが明らかになりつつあります。環境省は2023年に「生物多様性国家戦略2023-2030」を公表しましたが、その中にもプラネタリーヘルスが盛り込まれ、日本国内でも生物多様性と健康との関連性については注目されつつある状況といえるでしょう。
この記事では、生物多様性と健康問題がどのように関連しているのか、その概要を説明します。
生物多様性の喪失と感染症
生物多様性は、伝染病の発生や拡散を抑制する重要な役割も担っています。多様な生態系は、病原体の宿主となる動物や昆虫の数を自然にコントロールし、その結果、病原体が人間に感染するリスクを減少させます。実際、人類による開発と生物多様性の減少が感染症の集団発生につながることを示す報告が増加傾向にあることが指摘されています。2020年には、生物多様性と生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)が主催して、IPBES生物多様性とパンデミックに関するワークショップが行われました。
森林伐採や都市化による生態系の変化と感染症リスクとの関連性についても研究が進みつつあります。森林伐採や都市化が進むと、人間と野生動物の生活圏の境目が曖昧になり、野生動物が人間の生活圏内に、また、人間が野生動物の生活圏に侵入する機会が増えることとなります。その結果、自然界で保持されている感染症が人間に感染拡大する(すなわち、スピルオーバー)可能性を高めることとなります。
また、生物種が多様であればあるほど、ヒトの感染症への罹患リスクを低減させるという考え方も提唱されており、こうした作用は希釈効果(dilution effect)と呼ばれています。しかし、研究者の間で大きな議論のあるところであり、これは別の記事にて改めて説明します。
このような研究成果が出る中で、生物多様性の保全は感染症が伝播するリスクを低減し、パブリックヘルス(公衆衛生)を守るための重要な手段であるといえます。
食糧供給と栄養の多様性
生物多様性は、私たちが毎日口にする食糧の安定供給と栄養の多様性を支える重要な要素です。例えば、農業において多様な作物や家畜の品種が存在することで、異常気象や病害虫、病気などのリスクに対して農作物がより強い耐性を持つことができます。これにより、食糧の生産が安定し、飢餓や栄養不足のリスクを大幅に軽減できます。
また、作物によっては、受粉に花粉を媒介するミツバチなどの昆虫が関わるなど、その生産に生物が関与するも存在するため、生物多様性の喪失は、食料供給システムそのものに打撃を与える可能性すらあります。すなわち、生物多様性が失われると、食糧供給が単一の作物や家畜に依存するようになることから、特定の栄養素が欠乏する可能性を指摘する研究があります。また、特定の作物に過度に依存することは、その作物が病害虫や気候変動に対して脆弱である場合、地域全体の食糧安全保障を危険にさらすことになります。
おわりに
以上のように、生物多様性と健康問題とは、密接な関連性を持っているとされています。生物多様性の保全は、私たちの食糧の安定供給と栄養の多様性を守り、伝染病のリスクを低減するために不可欠です。
環境問題の中でも、生物多様性は焦点が当たり始めたばかりですが、健康への影響というレンズを通すことにより、生物多様性の喪失をどのように防ぐのかより具体的な議論が進むことを期待します。