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プラネタリーヘルスの各トピックに関する知見を紹介します

気候変動と妊産婦への影響

2025.05.08

地球環境システムの変化は、様々な側面で人の健康に影響を与えますが、とりわけ影響を受けやすい層が存在します。妊産婦は身体に劇的な変化が生じる時期にあるため、気候変動に対して影響を受けやすいといわれています。

今回の記事では、気候変動が妊産婦にもたらす影響について概説します。具体的には、暑熱、大気汚染、異常気象などの要因が直接的・間接的なメカニズムを通じて、妊産婦の短期的および長期的な健康に重大な影響を与える可能性があることを解説します。

妊産婦への直接的影響

暑熱による影響

暑熱は早産、死産、低出生体重、前期破水などの周産期リスクとの関連が示唆されています。例えば、2024年にNature Medicineで発表された66か国にわたる198件の研究を対象にしたシステマティックレビューによると、気温上昇は妊娠関連の健康問題リスクを高める可能性が示されました。具体的には、気温が1°C上昇すると早産の可能性が増加し、熱波期間中はその危険性がさらに高まることが報告されています。同様に、高温は死産、先天性異常、妊娠糖尿病、その他の妊娠合併症のリスクも増加させるとされています。

それ以外にも、暑熱は妊産婦や新生児に関する様々な健康リスクと関連していることが多くの研究で示されています。例えば、2024年の中国の研究では妊娠初期の暑熱への曝露により母体高血圧を誘発し、それによって早産のリスクが増加することが示唆されました。また、2020年のシステマティックレビューおよびメタアナリシス研究において、統計的にかなりばらつきはあるものの、28の研究のうち18の研究で、母体の高温への曝露が出生体重の減少と関連していたと報告されました。2023年の南カリフォルニアの大規模な妊娠コホートを対象とした研究では、暑熱への曝露が前期破水のリスクを9-14%増加させることが示されています。

大気汚染による影響

大気汚染が妊娠に与える影響についても、多くの研究が行われており、いくつかの重要な知見が得られています。具体的には、PM2.5(微小粒子状物質)への曝露は、低出生体重、流産や早産との関連を示唆する報告や、妊娠高血圧症候群(HDP)、妊娠糖尿病などとも関連があるという報告があります。また、SO2(硫黄酸化物)も低出生体重児との関連があり、NO2(窒素酸化物)は、HDPと一貫した正の関連性を示したという研究があります。

また、昨今は山火事の煙による影響も見過ごせません。地球温暖化の影響により、山火事の発生リスクも高くなることが報告されており、2025年1月にロサンゼルスで大規模な山火事があったほか、日本でも大規模な山火事が相次いで発生しました。カリフォルニア州の山火事に基づく2024年の研究では、山火事の煙への曝露が早産のリスクを3.0%増加させることを示しています。また、熱波と山火事の煙への同時曝露が早産リスクとより強く相関していることも報告されています。

妊産婦への間接的影響

間接的な影響として、気候変動による洪水や干ばつはインフラや重要なサービスに損害を与え、農作物の損失、人口の移動、母子保健サービスへのアクセス遮断を引き起こす可能性があるとの報告もあります。また、蚊やダニといった媒介生物(ベクター)を媒介して感染するマラリア、デング熱、住血吸虫、ジカウイルスなどは、妊娠中に重大な合併症を引き起こす感染症ですが、気候変動によりそれらの分布域が変化することで、感染流行地域が拡大することも示唆されています。

さらに、気候変動による災害の増加や環境の変化に伴う不安が、妊娠中の不安や抑うつのスコアへ有意な影響を与えているという報告もあります。また、2025年4月に発表された、米国の若者を対象として気候変動の心理的影響を調査した研究によれば、調査に参加した若者の25.2%が気候変動によって子どもを持つべきかどうかを疑問視していると回答しました。特に、気候変動の直接的な影響を自身で経験したと感じている若者は、そうでない若者と比較して、子どもを持つことに疑問を抱く可能性が顕著に高いことが示されています。

まとめ

このように気候変動は妊産婦に多大な影響を及ぼします。気候変動という地球規模の課題に対しては、世界・国・自治体という各レベルでの包括的な取り組みが不可欠です。2023年11月には世界保健機関(WHO)からも気候変動の影響から母子の健康を守るための具体的行動が呼びかけられています。私たちは今後、気候変動対策を単なる環境問題としてではなく、「妊産婦の健康・福祉を守るための重要施策」として認識し、取り組みを強化していく必要があります。